【当事者手記】”30数年、様々なカタチのひきこもりを遍歴してきた” 連載「ひきこもり放浪記」 第1回『ひきこもりの多様性』


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(by photo AC)

(文・ ぼそっと池井多)

様々なひきこもり

三十年あまり、私はさまざまな形のひきこもりを遍歴して、現在もひきこもりの当事者である。雨戸を閉め切った真っ暗な洞窟のような部屋にとじこもっていた時期もある。
社会に出ていけなくて、それでもひきこもりだと思われたくないものだから、見栄を張って海外へ逃亡し、見知らぬ街を転々としながらひきこもっていた時期もある。

今は、家の外には出ていけるが、経済労働という意味では社会参加しておらず、そういう意味で社会的ひきこもりと主治医から呼ばれる。

 

本紙創刊号で入間のひきこもりさんが書いておられたように、活動力のあるひきこもりから、居場所へ行けないひきこもりまで、個々のひきこもりの状況はさまざまである。

そして、私のように、一人のひきこもりが、人生の時期によって、ひきこもりの様態を変化させていくこともあるのだ。

こうなると、これは遍歴というよりもむしろ放浪に近い。

 

ところが、「ひきこもり」と「放浪」を相容れない概念のように考えている人が多い。

とくに、よくテレビで放送されるステレオタイプなひきこもりしか知らない人はそうである。

わがまま言い放題で自室にたてこもり、暴力的支援団体に無理やり部屋から引っぱり出され、単純労働に駆り出されることで「ひきこもりが治った」などと表現される人間像を、「あれがひきこもりだ」などと思いこんでしまっている人々にとっては、「ひきこもり」と「放浪」は水と油のようになじまないものだろう。

しかし、現実はそんなものばかりではない。

さまざまな形態のひきこもりの諸相を、私が「ひきこもり放浪記」として書かせていただきたいと思う背景には、そのような先入観をトンカチで叩いてバラバラにし、ひきこもりの多様性を社会に訴えたい気持ちがある。

 

最終面接の直前になって身体が動かなくなる

私の仲間には、中学で成績が急降下したり、高校受験に失敗して、それが発端でひきこもりになった人が多い。

知り合った初めのころは、そういう仲間から、
ぼそっと池井多さんの場合は、ぜんぜんひきこもりになる必要なんて、なかったじゃないか」
と言われた。

これがまた、私にとってはなかなかつらい言葉だったのである。

たしかに、私の場合は、中高一貫教育のため高校受験を経験せず、いちおう親の希望した大学に入り、卒業までこぎつけた。

就職活動をして、大企業から内定もいただいた。世間では、こういうのを「順風満帆」と呼ぶのだろうか。

ところが、入社式の直前になって身体が動かなくなってしまい、それから「ひきこもり放浪」が始まったのである。

 

「大学四年生になったからには、就職活動をするものだ」

という固定観念を持っていた私が、キャンパスの空気に呑まれて、新しいリクルート・スーツを買って会社訪問を始めたのは、まだバブルがはじけるよりも前のことである。

学生が就職に苦労しない、ぜいたくな時代であった。

就職活動をすると、大学のOBが社費をどっさり落として学生をもてなしてくれた。

だから、多くの学生にとって、就職活動は大いなる楽しみですらあった。

ところが、私にとっては地獄以外の何物でもなかった。なぜ自分が就職活動にこれだけ苦しむのか、まったくわからなかった。

それでも無理をして続けていると、やがて紺色のリクルート・スーツに、なにやら青かびのような禍々しい粉が付着しているように感じられて、おぞましい気持ちがして袖をとおすことができなくなった。

「青かびのような」とは、当時の私の感覚に忠実な表現であるが、なぜこのような表現を用いていたのかも興味深い。

私は、青かびチーズが大好物だった。ならば、私にとって青かびとは、けっして悪いものではなかったはずである。

ところが、私は幼少期、母子関係に異常のある者によくあることとして、喘息に悩まされていた。

壁に青かびが生えているような湿気のある家屋に泊まると、たちまち発症した。そのため、青かびというと「息ができない」という連想が働くのである。

 

「青かびのスーツ」

こうして「青かびのスーツ」を着て出かけていく会社訪問の最中に、私は奇矯な行動をしめすようになった。

ある商社を受け、一次、二次、三次の面接までは無事に通過し、最後に上の方と面接することになり、東京・丸の内にあった本社に呼ばれた。

それで東京駅を降りたのだが、あと一つ角を進めば目指すビルの入り口というところまで来て、私はほとんど発作的に傍らにあったカフェに飛びこんでしまった。

時間つぶしではない。重役面接の約束の時間は、目前に迫っている。1分でも遅れたら、相手にされなくなる。これまで予選を通過してきたのが無に帰する。…そんなことは、頭では重々わかっているのだが、まるで磁石ではね返されるように、身体が進路を変えてしまったのだった。

飲みたくもないコーヒーを注文し、目の前でむざむざと約束の時間が過ぎていくのを、私は呆然と他人事のように眺めていた。

窓の外を忙しく闊歩するビジネスパースンたちの精力が、ひそかに私の吐き気を誘っていた。

(ひきこもり放浪記 第2回へつづく)
【当事者手記】”何もしないで生きていてはいけないのか” 連載「ひきこもり放浪記」 第2回『1980年代のひきこもり』


2 Comments

  1. ともひこ

    簡単に「分かる」と言ってはいけないでしょうけど、それに近い経験はありますね。

  2. ぼそっと池井多

    ともひこさま コメントをどうもありがとうございます。
    近いご経験、おありですか。