【当事者手記】ひきこもり歴、断続的に三十余年


家族と精神医療に打ちのめされて

(撮影・土橋)

文・ぼそっと池井多
 

「若者の問題」ではない

 
両親が苦労して建てた大きな家の二階の、いちばん奥の自部屋に立てこもって、アニメやゲームばかりやっている怠け者の息子。…それが世間にはびこっているプロトタイプな「ひきこもり」像ではないだろうか。
昨年九月の内閣府によるひきこもりの実態調査で、四〇歳以上が対象から外されたことは、社会のそんな偏見を上塗りするのに十分であったと思う。
WEB版の本紙「ひきこもり新聞」に『ひきこもり放浪記』という連載を書き始めた私の動機には、「ひきこもり」というと「若者の問題」と考える人があまりに多いことに抱いた危機感がある。
 

ひきこもってわかったこと

 
私は現在五十四歳、独り暮らしのひきこもり当事者である。
幼時からマンガを読んだりアニメを観たりする習慣はなく、部屋にはゲームは一つもない。
二十三歳で大学卒業を控えて最初のひきこもりを発症したときには、すでに私は実家を出て生活は自立していた。
以後、さまざまな形で断続的にひきこもってきたが、人生の曲がり角となったのは三十三歳、一九九五年から四年間のひきこもりである。
世の中の光や刺激に耐えられなくなり、窓という窓に雨戸を閉てて、洞窟のような暗い部屋にひきこもってしまった。
しかし、ひきこもりは時に豊かな思索をもたらす。私はその期間にフロイトを読み漁り、幼少期から自分が苦しんできた強迫性障害、うつ病などの精神疾患の原因が、家族の構造と母親からの虐待にあることを悟った。
 

家族の構造を解き明かそうとするが…

 
私の家族では、父ではなく母が圧倒的な権力者である。工業高校を出ただけの父は、四年制女子大を出た母に頭が上がらなかった。
この母が、長男である私を虐待した背景には、きっと夫への物足りなさがあったのだろう。
虐待から生じた精神疾患を力動的(精神分析的) に治そうと思ったら、このように家族の構造を解き明かすことが不可欠であった。
一九九九年、私は家族会議を開いてもらい、四年間のひきこもりで得た自らの気づきを語り、私が精神疾患から回復し本格的に社会へ出ていくためには家族の協力が必要なことを述べ、いっしょに精神医療につながってくれるように頼んだ。
しかし、これは我が家に封印されていたパンドラの箱を開けることであった。
虐待をした過去が恥だと思ったのか、母は私の指摘すべてを「そんなこと、あるわけがない」と否認し、下僕である父や弟に命じて、私を家族から放逐させた。
音信も絶たれた。家族として治療に協力するどころか、私は一族の恥として彼らの世界の外へ蹴り出されたのであった。「治って、働く」という私の計画は頓挫した。
やがて一人で精神医療につながった私は、たいした治癒も見られぬまま貯蓄も遣い果たし、このままホームレスとなって野垂れ死ぬのを覚悟した。
当時、東京には浅草界隈、上野公園、日比谷公園、新宿西口と四つぐらいホームレスの集団生活地域があったが、自分がホームレスとなる場所は日比谷公園と思い定めた。
そこには日比谷図書館があり、たとえケータイの一つも持てなくても、情報源が確保できると思ったのである。
しかし、精神科のケースワーカーの勧めにより、東京西郊の昭和40年代に建てられた1Kのボロアパートへ入り、生活保護を申請して生き長らえることになった。
 

精神医療に囚われる

 
精神科医療機関に付属している治療共同体を足掛かりとして、私は何度か社会復帰を試みるのだが、他ならぬ治療共同体の中に「そうはさせまい」とする力が内在し、果たされないまま17年が過ぎていった。
医療は、ひきこもりから救ってくれるどころか、さらなるひきこもりへ追いやるものとして私には機能した。
内閣府によるひきこもりの実態調査で四〇歳以上が対象から外された理由が、「四十歳以上は厚生労働省の管轄なので」と担当参事官から答弁されたことは、私のような中高年のひきこもりに少なからぬ衝撃をもたらした。
「厚労省の管轄」ということは、要するに「医療の対象」ということである。
医療によってさらにひきこもりへ追いやられた私にとっては、ひきこもりが医療に丸投げされてしまうことに大きな危惧を抱かざるをえない。
「ならば、さっさと通う病院を変えればいいじゃないか」と一般人は思うかもしれないが、すでに家族、親族という第一の故郷から放逐された私にとっては、かれこれ17年も通ってきた治療共同体は第二の故郷のようなものであり、また生活保護などの社会保障 を受ける際に医師の協力が不可欠なので、そう簡単に変えられないのが実状である。
こうして就労や社会復帰への努力はことごとく潰えてきたわけだが、考えてみれば、給料をもらう仕事に就き、結婚して家庭を持ち、子どもを生み育てるということが、最終的にひきこもりからの「回復」や「脱出」といえるかどうかは全く疑わしい。
私自身は、年齢を重ねるにつれて、しだいに「回復」や「脱出」を望まなくなってきている気がする。
何度も試み、人生に打ちのめされ、そのうちに力も尽きて、諦めが先立つようになった。
これから先はせめてQOH(*1)を高めて、静かにひきこもっていたいとも思う。
 

孤独死対策

 
私の世代のひきこもりが集まると、必ずといってよいほど出る話題は「腐って発見されるのは是か非か」である。
私の場合は、ひきこもりといっても親と暮らしているわけではないから、80-50問題(*2)もないのだが、そのかわり独居老人と孤独死の予備軍であるという問題がある。
じじつ、同じ年代の仲間が「死後何日で見つかった」といった話が伝わってくることも多くなった。
縊死のように、はっきりと自殺と断定できるものもあれば、餓死や過剰服薬のように、「本人はまだ生きたかったのではないか」と首をかしげるケースもある。あまりにひきこもりが度を過ぎてしまうと、体力の衰えもあるので、コンビニに食べ物を買いに行くこともできなくなる。コンビニまでクルマで行かなくてはならない地方だと、なおさら切実である。
すると、どうしても「自分が発見される時」が脳裏をかすめるのである。
私は長年、無職、精神科通い、生活保護と、世間から侮蔑を浴びる存在として生きてきたので、いまさらプライドもへったくれもないのだが、それでも「腐乱死体では見つかりたくない」という最後のプライドのかけらがあった。
しかし、そのためにはどうしたら良いだろう。死後処理をやってくれる会社やNPOはいくつか存在するが、生前契約金は生活保護の身には払えないほど高い。
福祉事務所の担当ケースワーカーが、生活実態の調査のために年2回やってくることになっているが、それでも間遠だし、じっさいは年1回ほどだから、来てくれた時にはすでにこちらが腐っているかもしれない。
では、もっと頻繁に来てもらうのがよいかというと、そうでもない。受給者にとってお役人が見回りにくるのは、ずいぶんといやなものなのである。
向こうも「いやな仕事だな、こんな汚い部屋、来たくないよ」と思って来ているだろうし、ひきこもりであるこちらも「いやだな」と思いながら毎回お役人を部屋へ入れている。これ以上、回数を増やすのは御免である。
 

どう人生を全うするか

 
ある日、仲間が言った。
「もう、いいじゃない、死後何日だって、腐ってたって。そのとき自分は、もう死んじゃってるんだから、尊厳も何もないよ。私たち本人も、恥ずかしいだの何だの思わないよ。始末する人には悪いけど、こっちもできることは全部やったんだし」
「そうか…」と納得しつつある自分がいる。これを納得してしまったら、何か一線を越えてしまうような抵抗がある一方では、越えれば楽になるような気もする。
私は宗教を持たない。だから、死んだら無になると思っている。死後の自分が天上から腐った自分の遺体を片づける人たちを見下ろしている、といった空想はない。
「しかし、大家さんや行政の人に迷惑かけるのは悪いなあ。仲間同士のネットワークを用いて、何かあった時に早めに発見しあえるシステムを整えていくことはできないだろうか」
などと考えている。
ひきこもりが、ひきこもりとして、周囲にも自分にもさしたる負担もかけず人生を全うするにはどうしたらよいか。私も生きているかぎり考えていきたいと思っている。

*1. QOH: ひきこもりの質(Quality Of Hikikomori)
*2. 80-50問題:ひきこもりに高齢化により、親が80代、子が50代となることで生じる問題群のこと。

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3 Comments

  1. ねも

    興味深く読ませていただきました。
    「医療は、ひきこもりから救ってくれるどころか、さらなるひきこもりへ追いやるものとして私には機能した。」とありますが、なぜそうなったかをご説明いただけんなせんでしょうか。
    働きたいのなら、通院しながら、生活保護を受けながら、仕事を探せばいいのに、と、どうしても思えてしまうのです。
    幼少期に受けた虐待により人と関わることに耐えられず働きたくはない、とのことであれば理解できます。ただしこの場合は医療云々は無関係かとは思いますが。
    また機会があればそのあたりについてより詳しくお聞かせいただければ幸いです。

  2. ねも

    文章がヘンになってました。

    ✖ご説明いただけんなせんでしょうか

    〇ご説明いただけませんでしょうか

    失礼しました。

  3. ぼそっと池井多

    ねもさま コメントをどうもありがとうございます。
    本記事を書かせていただいたぼそっと池井多です。

    まことに的を射たご指摘です。
    じつは、本記事ははじめ、この3倍ぐらいの長さでした。精神医療がいかに私をさらなるひきこもり追いやったか、そのプロセスも書かれておりました。

    しかし、この記事は当初、私ども「ひきこもり新聞」の紙版に出すことになっていたため、字数制限があり、しかたなく私と精神医療の関わりをそっくり削除したのです。その部分に、ねもさまの「通院しながら、生活保護を受けながら、仕事を探せばいいのに」というご疑問に答える部分も書いてありました。

    私にとって「ひきこもりと精神医療」は、いまも生活にかかわる切実なテーマです。書ける環境がととのえば、ぜひともねもさまの「機会があればそのあたりについてより詳しくお聞かせいただければ」というご要望に応えさせていただきたいと存じます。
    今後ともどうぞよろしくお願いいたします。