【当事者手記】「助けて」と声を出せるまで『生きづらさと摂食障害と私』


「休んでいいよ」ホッと安らいだ心

東京へ戻って一ヵ月位は、過眠と過食とうつ状態が酷かった。しかし、悪いことばかりではなかった。
相性の良い医師と出会えたこと、ネット上で摂食障害を克服した人が親身になって応援してくれたことで、段々と気持ちが前を向き始めた。また、母からの電話で「もう少し休んでいいんだ」と思えた時に、それまで焦る気持ちでいっぱいだった心が、初めてほっと安らいだ。
「変わろう」そう強く思った。これまで向き合うことを避けていた病気と共存していく覚悟を決めた。

リハビリは電話

覚悟は決めたものの、太った体で人と会うことや人と食事をすることが恐怖で、出歩くことができないままでいた。その一方で、人と会話をしたいという気持ちが芽生え始めた。
私は手初めに、友人数人にメールした。無職になりひきこもっていたこと、病気のことなどを細かく説明した。
「辛かったよね。何もしてあげられなくてごめんね。本当だったらそっちに飛んで行って抱きしめてあげたいよ」「いいんだよ、純はそのままで。言ってくれてありがとう。ゆっくり休んでね」と返信があった。私はしばらくの間、声をあげて泣いた。
その後、友人に「体調が悪くて(過食嘔吐をしだすと止まらなくなるので)、ドタキャンすることもあるかもしれない。
それでもよかったら、今度電話できないかな」という風に頼み事をした。友人は快諾してくれた。
電話を繰り返すうちに「そろそろ大丈夫かな」という時期が来た。友人と会ったり、ハローワークへ通ったりできるようになった。
最初のうちは人ごみの中で強い動悸を感じ、息苦しくなることがあった。この時期は踏ん張り時だったように思う。
正直、この時はまだ「そのままでいいんだよ」という言葉を、理解はしているつもりでも、心の底から納得しそう思えるまでには至らないままでいた。
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