【当事者手記】コースケさんの場合


“ひきこもりのきっかけ”


 僕がひきこもり始めたのは、2009年、中学校を卒業した16歳の頃でした。中学二年生の初め頃から、僕は特定のクラスメイトから殴る蹴るなどの嫌がらせを受け、学校に行かなくなり、外出の機会が極端に少ない生活が始まりました。その頃はまだ、ごくたまに、外に出ることはありましたが、中学卒業とほぼ同時期に引っ越しをしてからは、家から殆ど出ない生活になって行きました。
 中学校の卒業前には、担任の先生から工業高校の定時制課を紹介され、合格し、入学式には参加しました。しかし、明日からまた学校に通い始めることに精神的な限界を感じ、結局それ以降は行かずに辞めてしまいました。

 

”読書を始める”

 ここから僕は自宅に三年間ひきこもりました。家にはパソコンが無かったので、もっぱらテレビを観たり、ラジオを聴いたり、ゲームをして過ごしていました。僕が16歳になった2009年当時は、ちょうど、太宰治生誕百周年です。メディアでは太宰治の著作が、特集されていました。そのため小説に興味を持つようになり読み始めました。
 小説との出会いは、新たな発見をもたらしてくれました。こんな表現方法があるのか、こんな気持ちも表現していいんだ」。今まで、一人で悩んで考えていたことを、文学の世界では沢山の人が考えて表現していることに自分の中で希望を感じました。どうせ家からは出たくないんだし、片っ端から色々読んでみよう僕は母に頼んで、たびたび文庫本を買ってきてもらっては、熱心に読んでいました。
 もともと、作文が得意だったこともあり、本を読んでいると、なんだか自分も偉くなったような心地がして、「僕は今、「厭世的な生活」をしているんだ」と、心の隅っこで威張っていました。
 18歳の頃、親にパソコンを買って貰いました。調べものがしたい、これから先働くのに、パソコンを覚えたい、と僕は殊勝なお願いをしたのですが、本当はテレビやラジオを聴いたりする生活に退屈し切っていたからです。

 その頃は、パソコンから自作のポエムをネット上に投稿していました。自分が書いた作品を、同年代と思われる人から、良い、共感出来る、すごい、というリアクションを貰って、嬉しかったのを覚えています。


”外出のきっかけ”


 一年ほどそんな生活を続けたのち、僕が外に出ることになる直接のきっかけは、精神科病院への入院でした。自宅で暴れ、警察沙汰になり、病院に救急車で連行。そのまま措置入院となりました。警察官の人に連れて行かれる際、本棚から新潮文庫刊のランボー詩集をお守り代わりに、ズボンのお尻のポケットに入れて行きました。
 救急車の中で、警察官の人と並んで座りながら、僕は詩集を開いて読みました。わが放浪、というタイトルの詩の一節、「僕は出掛けた 底抜けポケットに両の拳を突っ込んで」のところを読んでいると涙がポロポロとこぼれました。ひきこもってから、三年目の五月でした。


”それから”

 

 その後、入院生活の途中から、僕は外へ出かけるようになりました。 久々に、近所の大きな公園の広場を歩いたときは、青い空が驚くほど広く感じたのを強く覚えています。この空の下、ずっと歩いて行けるのだと思うと、どこか、解放されたような心地でした。

(高校に通い直していた頃に ベンチに座りながら撮った写真)

 退院してからはセブンイレブンでアルバイトを始め、一年半ほど働いてから再度、通信制の高校に進学。24歳で卒業し、今に至ります。 16歳の頃から数えて、8年がかりでの卒業でした。しかし、卒業式の日を迎えた時は、とても感慨深い気持ちになりました。ひきこもりだった頃には、想像もつかない未来でした。現在は仕事を長く続けることを目標に、就職活動を行っています。

 

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