「歳月の喪失 ~レナードの朝(上)~」



「引きこもり」のエスノグラフィー
(文・写真 喜久井ヤシン)

浦島太郎のさびしさ

誰とも会わずに部屋のなかで過ごしていても、時は流れていくもので、髪の毛は抜け、肌の角質は落ちて、体は年老いていく。時間への意識をとりもどしたときに、自分が急に老人の姿になって、外の世界がいつのまにか何十年も過ぎていたなら、それまでのからっぽな期間はとらえがたい。

浦島太郎のおとぎばなしに、そんな一番面があったことを思い出す。物語の終盤で、竜宮城から帰ってきた浦島太郎は、歳月に風化して、あとかたもなくなった故郷を発見する。途方にくれて、お土産にもらった玉手箱を開けてみると、中から白い煙がふき出してきて、突然おじいさんになる。年月を生きてもいないのに、いきなり体だけがおじいさんだなんて、残酷な結末ではないかと思う。

……私は同意しないけれど、引きこもりの生活を、甘やかされた、なまけものの過ごし方だとみなす人もいる。ただ、もしも引きこもりの室内が享楽ある竜宮城のようなところにあたるものだとしたら、時間の過ぎさる早さの点だけは当たっているかもしれない。数日や数週間だけを過ごしているつもりが、流れの激しい「外」の世界……人と人との関係の渦巻いている、複雑怪奇な公共の世界……では、もう1年や10年の歳月になっていて、竜宮城の住人を時間の果てへとおいてきぼりにしている。人々のいる「外」の陸地を歩けば、自分は子供のままで止まっていたのに、さまがわりした同い年の大人たちがいる。部屋のドアを開けることは、玉手箱を開けるみたいなもので、自分を中身がからっぽのおじいさんにしかねない。それはおそろしく、直視しがたい事実を目の前にさせる。自分がそんな年月を生きているはずがない、と否定したくても、残酷な光陰の矢はもう飛び去っている。

 

   眠りのなかで過ぎた50年

ある時目覚めたら、50年もの年月が過ぎ去っており、自分の姿は老人となっていた……。おとぎばなしの脚本ではなく、実際にあった奇病が、少なからぬ人々に引き起こしたケースがある。詳細な記録を読むことができるのは、オリヴァー・サックスによるノンフィクション「レナードの朝」。

1916年に、嗜眠性脳炎(眠り病)という流行病があった。人から生気を失わせるこの病は、約10年にわたって世界中で猛威をふるい、500万人もの命を奪った。元気にスポーツをしていた健康な若者でも、ある日を境に体が不自由になっていき、極度の眠りにひきずりこまれる。目を覚ましたとしても、脳炎の後遺症によって物事への興味の一切を失い、言葉も発さず、何十年もの歳月が過ぎていく。眠り病の患者の三分の一は不眠状態のまま亡くなり、生き残った人々も、生存活動を失ったことで多くが犠牲となった。研究によってウイルスに原因があることが特定されているけれど、なぜ流行し、なぜ治まったのか、現代でもその経緯はわかっていない。

「レナードの朝」は、1966年、脳神経科医のオリヴァー・サックスが、ニューヨークにあるマウント・カーメル病院に配属されたところから始まる。サックスはそこで、50年もの眠りについていた脳炎患者の人々と出会い、冒険的な治療を試みる。
当時開発されたL-ドーパは、開発者自身が「奇跡的な薬」と感嘆するもので、それまでにない効果を期待させるものだった。サックスは試行錯誤の末、脳炎後遺症の患者たちにL-ドーパを大量投与し、多くの人々の劇的な回復を引き出した。何十年ものあいだ外界の刺激に反応も見せなかった人々が、感性や意欲をとりもどし、短期間のうちに自発的な活動ができるようになっていった。

サックスの記録を原作とした映画「レナードの朝」(ペニー・マーシャル監督 1990年)では、ロバード・デ・ニーロ演じるレナードが、一夜にして自らの足で立てるようになり、微笑みながら母親と抱擁する場面が描かれている。息子が眠り病にかかって以来、一方的な介護をするほかなかった母親は、突然の回復に驚き喜びの涙を流す。当初は多くの患者たちにとって、L-ドーパは生命をよみがえらせてくれる救いの薬だった。

けれど、眠りのなかで50年もの時間が過ぎ去ったと知った患者たちのなかには、理解できない現実に混乱をきたす人もいた。記憶は眠り病にかかる前の若い時代で止まっていたというのに、世の中はさまがわりし、自分や親の年老いた姿がある。患者の一人は、自分が64歳になっていることを知っても、眠り病にかかった時の、21歳のふるまいしかできなかった。
サックスは書いている。

『彼らはふたつの奇跡を願ってやまなかった。健康の回復だけでなく、失われた人生を埋めあわせることである。』

患者たちは、受け入れがたい歳月の喪失を嘆いていた。

『返してほしいのは失われた時であり、戻してほしいのは青春の時、人生最良の時であった。』

 

「歳月の喪失 ~レナードの朝(下)~」につづく

 

参考文献
オリヴァー・サックス著 「レナードの朝 〈新版〉」 春日井晶子訳 早川書房 2015