ひきこもってゲームばかりしていたワケ②-『引きこもり』のエスノグラフィー


「ゲームは楽しいからやっているんじゃない」

(文・喜久井ヤシン)

ゲームの世界は一秒後でも一年後でも同じ

 人と話すことのない、関係性や出来事に翻弄されることのない一日、……もしくは一年。
誰かの言動に影響を受けたり、傷つけたり傷ついたりすることのない、起伏のない一日………もしくは十年。
外的なことから離れて過ごしていた時期に、「私」にはテレビゲームがあった。
RPGやシミュレーションが特にそうだけれど、人と出会わず、新しい物を一つも見ることがなかった一日でも、数分プレイしただけでカウントはめまぐるしく加算される。
自分の小さな一日が……もしくは一生が… …何もないわけではなかったと、時間のからっぽさをプログラムが慰める。
 たとえば経験値が99で、レベルが1なのだとしたら、経験値1が加算されると、経験値100になってレベルが2にアップする……。RPGなら当たりまえの、典型的なシステムだけれど、私はゲームの真骨頂は、こういう数学的な秩序にあると思う。
 現実だと、どんなに親しくした人とでも、一つの出来事で関係性が覆ってしまうことがある。会わずに何もなかったとしても、一年ほうっておけば、一年分の空白ができてしまう。素晴らしい出会いがあったとしても、誤解一つで、簡単にゼロになってしまうことがある。
 けれどゲームは、いったん終了してからリスタートするまでが、一秒後でも、一年後でも、255は255のままだし、64 .5%は64.5%のままでいる。経験値99に1が加算されたら、それが一日後のことでも、十年後のことでも、経験値が100になって、レベルは2になる。……数字は何でもいいけれど…1,368,905ポイントは、いつまでも1,368,905ポイントでいる。そして1,368,905に1が加わると、画期的なことに、絶対1,368,906になる。決してそれ以外にはならない…。
 …わかるだろうか、この秩序の意味の大きさが。

もしも『親子』というゲームがあったら

 選択式のシミュレーションなら、選択一つでバロメーターが明確に上下して、そのまま固定化する。それは現実ではありえない。
 たとえば、もし「親子」というシミュレーションゲームがあったとしたら………「絆」ポイントを50集めるために、子供の「笑顔スキル」を5上げて、ミッション「買い物」で「いい子」ポイントを30ゲットする…、「親の愛情」レベルが8で、「親密さ」バロメーターが上がったから、次のステージに進める…、これでエンディングまで25%達成になって、エンディングまで残り12の課題を越えていけばいい……なんて。
 一度クリアしたミッションは二度とやる必要がなくて、途中でスイッチを切っても、一日後でも、十年後でも「いい子」ポイントは30だし、「親の愛情」レベルは8。
一度つながった関係性は、新たなプレイでマイナスされない限り揺るぎないし、すべての関係性が固定するゲームオーバーもある。
 ゲームにはフィードバックの特性があって、レベルや得点で、プレイヤーのポジションを明確にさせる。
自分が何をしたらいいか、何をすべきか、あとどれくらいで課題を達成できるのか、足りなかったとしても、それはどのポイントが足りなかったからなのか……それらは数字となってはっきりわかる。
 それに対して、やっぱり現実は不明瞭で、自分がどこへ行ったらいいのか、どうしたらいいのか、わからないことばかりでできている。マニュアルや自己啓発本を読んで、たとえそれを完璧に実践したとしても、それが正解になるとはかぎらない。
人が一人いるだけでも複雑怪奇で…どういう自分が、どういう言葉を、どういう振る舞いで話したらいいのか、会話の一言さえわからない。
理不尽で、危険で 、クリアしようのない……。遊びの対極のものが現実にはある。

魔王は同じレベルのまま

 ただ、私のしてきたゲームにも、「遊び」以外の要素が強くあったと思う。
 思想家のロジェ・カイヨワに、遊びについての古典的な研究がある。そこでは人との勝敗を決める「競争」や、非日常的なスリルを味わう「眩暈」などが、遊びの特性として分類されている。
ゲームは一般的には「遊び」で、カイヨワの研究をテレビゲームと重ねて論じた本も出ている。ただ、私がゲームをしていた本質的な意味は、カイヨワの分析した「遊び」ではなかったと思う。
私が一人用のオフラインゲームをすることで求めていたのは、一つには「競争」することのない引きこもり的な孤立だったし、また、「眩暈」のするような危険で混乱した日常に、一貫性のある世界をもたらしてくれる安定だった。
 私はゲームの「遊び」の部分よりも、ゲームがもたらす秩序ある時間を求めていたのだと思う。
 RPGでは、村人に何十回話しかけても、同じセリフしかくり返されない。
同じフィールドに行けば、同じモンスターが出てくる。「はがねの剣」はいつでも300ゴールドで売っていて、宝箱はどんな洞窟の奥深くでも同じところにある。
世界を滅ぼそうとする魔王は、勇者がやってくるのをいつまでも、同じレベルのままで待っている…。

リアルには攻略法がない

 何の予定もない、静かな人間の昼間でも、実際には膨大な選択肢がある。自室にこもっているとしても、ネットか、食事か、勉強か、読書か、掃除か……。外出するとしたら、何時に、何を着て、何を持って、どこへ行って、何を見て、誰と会い、何を、どのような方法でするか……。
 …どんなにおだやかに過ごそうとしても、一瞬一瞬が選択の連続で、しかも、毎日…それが何年、そして、何十年…そうして一生、続く。
 道一つ、人一人、言葉一つが難しすぎて、攻略法もない。リアルの広大な世界では、私は非力で、途方にくれてしまう。

   以上

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