【9月号試し読み】底を知るから、踏み出せる~39歳ひきこもり。希望は選挙~


失うものがないのだから

ひきこもりはどんどん選挙に出たほうがいいよ。
他の先進諸国では地方議員なんてボランティアでやっているくらいだから仕事としては楽だと思うんだ。企業とちがって競争にさらされないからむしろ合っている職業なんじゃないかな。ひきこもりって意外と世を憂えているもんなんだよ。
議員になってブラック企業相手に戦ったりしてさ。それってとてもかっこいいだろ。どうせこっちは失うものなんてないんだから。

選挙が終わったあと、近所の人からよく声をかけられるようになったよ。「今日は体調がよさそうだね」とか「野菜がたくさん取れたから持っていくかい?」とか。選挙に出たおかげで顔と名前までおぼえてもらってさ。
平日の昼間に外を出歩くのが平気になったよ。自分が隠していたことをオープンにしたから楽になったんだろうな。ひきこもりがひどいときは、吸血鬼よろしく夜中に人目を避けて外出していたのに。おかげで日焼けしちゃったじゃないか。やれやれだよ。

ひきこもりを公言したらみんなが優しくなった

自治会の活動にも参加するようになったんだ。笑えるだろ?前はあんな面倒なものはないと思っていたのにさ。それでお年寄りからよく相談されるんだ。ネットにつながらないとかパソコンを教えてとか。四年後の選挙にまた出るかもしれないから下心もあってお手伝いをするんだよ。でも、こっちが驚くほど感謝されるんだ。夕飯までごちそうになったりしてさ。

青年失業家

今はただの青年失業家だけど、ハローワークに行って履歴書を出してというやり方だけじゃないと思うんだよ。自治会とか地域の活動に参加して、ギブー・ミー・ジョブと言い続けたら意外と仕事って舞い込んでくるんじゃないかな。草むしりとかさ。そういうのも全然ありだと思うんだよ。そこから何かにつながるような気がするんだ。

僕が選挙に出るまで

自分がひきこもっていたときのことを話そうと思う。
小学三年生のときにいじめられて不登校になったのがきっかけなんだ。よくある話さ。中学のときは特殊学級に通っていたんだ。どうもこのころから社会不適合者と思われていたみたいでね。でも、居心地は良かったんだ。下手に勉強ができたから普通学級に戻されそうになって再び不登校さ。やれやれだよ。
高校は定時制だよ。行けるようなところが他になかったからね。だけど、僕は定時制にはいいイメージをもっていたんだ。働きながら学んでいる学生がいるんじゃないかってね。残念ながらそういう学生は絶滅危惧種らしいんだ。ヤンキーばかりでさ。学級崩壊でまともに授業にならないんだ。
そんなとき、大検というのを知ったんだ。今でいう高認というやつさ。三ヶ月の勉強で十一科目中九科目も受かったんだ。高校三年間をたった三ヶ月でほぼマスターってすごいと思うかい?でもね、大検なんてちょろいもんなんだ。

母が唯一神だった

そのころから母親がうるさくなってきたんだ。どうも大検に受かったというのがすごいことだと思ったようなんだ。
母は自分の好みで受験科目を選んだり参考書を買ってきたり予備校まで決められたりしてさ。母は大卒じゃないし大学受験について大して詳しくないのに。迷惑な話さ。もしかしたら僕のことでまわりからいろいろ言われたんじゃないかな。それで見返してやると思ったのかもね。

外界との遮断

僕は、母の要求に対してイエスマンだったよ。こんなことを人に告白すると母に逆らえばいいじゃないかと必ず責められる。自己責任だとね。最初は自分でもそう思っていたよ。だけどさ、オオカミに育てられた子どもが成人になったからといって自分の意思をもてるかい?僕は無理だと思うんだ。自分にコミットしていた人間って母しかいなかったからね。
だから、母以外の考えを知らなかったのさ。外界から遮断されると人ってまともじゃなくなるんだよ。いや冗談抜きで。そのころの母は、僕にとっての唯一神だったね。

それでも母に逆らったことはあったよ……

…続きは9月号に掲載されております。
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