【当事者手記】最悪だった時


(イメージイラスト)宇野佑美子

※グロテスクな表現などありますので閲覧注意

最悪だった時

「生きててくれれば、何をしてもいい」と母に言われてたので、自分や他人を傷付ける以外のことは何でもやったと思っている。
せっかく入った医大は、休学を経て散々迷った末に、退学。「実行に移さなければいいだろう」と、自分又は他人を殺す綿密なプラン作りをしたり、断捨離、瞑想、一切の家事の放棄、動画三昧の日々…。ネットへの発信は、バッシングを恐れてできなかった。
夜中に刀を素振りしたり、人に促されるまま催眠療法、針治療、新興宗教、パワーストーンヒーリング等も経験した。
「心が回復しなければ活力は生まれない」と、趣味や好きな事をしてみたが、癒しどころか苦痛にしかならず「好きな事すらも苦しいなんて、もう自分を改善させる行動(進学、就職、通院等)が何もできないじゃないか」と逆に傷付いた。

生きている苦痛

けれども行動しなければ人生は変わらない。―そう思って体に「動け」と言い聞かせても、頭が詰まる様な、モヤがかかった様な感覚で結局動けない。訳の分からない疲労、体の痛み。
過去には思い出に苦しめられ、未来は行動できないことで思い描けない。1日はあっという間に過ぎていくのに、人生の展開は遅すぎる。
「私は社会の中で生きてていいんだ」という最低限の自尊心が無くなったからひきこもってしまったのに、加えて「何もできなかった」と思うしかない、傷に傷が上乗せされる日々…。
生きる為の行動全てが辛すぎた。苦しい感覚を可能な限り意識しないですむ、あらゆる手を使って時間をやり過ごすしか方法がなかった。
朝起きるなんて言語道断。「起きて何かすること」が思い付かないし、できないので、半ば無理矢理眠り続けた。
しかし夢の中でも誰かに殺されたり、裏切られてくやしかったりと、悪夢ばかりで、目覚めた時にスッキリしたことなんて殆どなかった。一番の悪夢は、自分の子宮に虫の卵が大量に生みつけられ、それが全て孵化して部屋が溢れかえり、誰も助けに来てくれないというものだった。
ストレス性の歯ぎしりを発症し、歯は欠け、起きた時は涙が出る程の頭痛に悩まされた。

「死にたい」が消えるまで

起きても苦痛、寝てても苦痛。死にた過ぎた時に、いのちの電話相談にかけたこともある。けれどいつでも、どこにかけても話し中で、繋がれたことは一度もなかった。「誰が話してんだ!?」と、その時繋がれた、顔も知らない誰かが心の底から羨ましくなり、「神が私に死ねと言ってるんだ!」と本気で思い込んで一線を越えかけた。
ただ母が悲しみ、「家族に自殺者を出した」と世間に思われるのが最高に嫌で、「死にたい」が消えるまで何時間も闘った。
部屋の紙が無くなるまで、「死」、「苦」、「悲」等ネガティブな言葉を書き続けたり、リストカットの代わりに自分の髪を切ったり燃やしたり…。近所に線路と川と道路があったので、「いつでも飛び込める」と、気の済むまでそこにいたりもした。

ただ頭を真っ白に

ある年の夏は、物も食べずにひたすら自慰をしていた。大学に入るまで、私は女も自慰をするなんて知らず、女性の先輩に非常に驚かれ、やり方を教えられていた。床にバスタオルを敷いて、多い時は一日に八回以上絶頂を迎えて、それでも続けていた。
性欲を高める為に、憧れの異性やシチュエーションを思い浮かべるが、とても自分にそんな状況来やしないんだと、結局現実とのギャップで虚しさに圧倒された。やり過ぎで局部が痛くなり、「自慰をし過ぎると体がおかしくなる」といったネットの記事に恐怖しても、絶頂時の、ピンと頭が真っ白になってグッタリと何も考えられなくなるあの感覚欲しさに、やめることが到底できなかった。
―今でも「あの経験があったから今の私がいる」なんて、一言で完結できない。それでも今回書いたのは、当時の自分は「他のひきこもりはどうやって過ごしているのだろう?」と、知りたかったからだ。そして、この体験に共感してもらえる人がいたら、どんなにいいだろうという気持ちで書いた。
(文・マリア・バスティ・アキバ)

 

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